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2008-05-23 22:33 | カテゴリ:月組
こんばんは~☆
今日は、色々ブログの整理してました

そしたら、過去に途中まで書いて終わっていた記事を発見
それは・・・
私が頭が痛くなるくらい考え抜いた、
月組のアレックスの感想(笑)

もうね、この作品が何を伝えたかったのかを、
かーなーり考えたんですよね(´∀`)
でも途中までしか文章にしてないので、
何書きたかったのか謎・・・(´∀`)

あ、ちなみに当時、
とりあえずの感想を書いた記事はコチラ


かなり意味不明ですが、
消すのはもったえないので載せてみます



◇◆◇◆◇◆◇◆◇

まず・・・
始まりからずっと感じる違和感。
これは一体何なんだろう?
私達観客は、一観客として舞台を観ようとしているのに、
「観客」という役を演じさせられているかのような感覚に陥ってしまうような…何とも不思議な感覚。

また、あさこさんへの何だか感じる違和感…。
見た目や衣装はすごく宝塚らしいのに、
あさこさんはこの物語の中では一番人間らしい役を演じているというこのギャップ。
・・・というか、人間そのもの?
宝塚の男役とは「理想の男性」の姿を演じることが多いのに、アレックスは言ってしまえば「ただの人間」の役。
これこそが、終始私の中で感じていた違和感だったのだ。

少し、話を戻してみる☆
先日の記事で少しだけ触れたが、
私はこの話は「アレックスが死に至るまでの経緯」に重ね合わせて、
キリスト教の創世記に基づく「人間が今に至までの経緯」を物語っているのではないだろうか、と感じた。
ディオ(霧矢)のあの長ったらしい説明の中にキーワードが2つ。
それは、「葡萄酒」と「蛇」である。

中・高と6年間キリスト教について学んできた私には、
「葡萄酒=キリストの血」、
「蛇=アダムとイブに善悪の知識の実を食べるよう誘惑する者」
という概念が1番に浮かんでくる。

つまりアレックス=人間(アダムとイブ)として描いており、
ディオ=蛇、ニケ=神・・・として描いているのではないだろうか。


また、終始この物語につきまとうキーワード。
それは、「原罪」。

原罪とは、アダムとイヴが神の言葉にそむいたゆえの罪。
人間は皆、原罪を背負って生き続けている。
これを侵した以降、人間と神は親しく交わる事ができなくなった。。。

アレックス(人間)は、
自分の中の曖昧さや自分を苦しめるものから逃れたかった。
自分が何を考えているのかもわからない…。
また、アレックスの父と母も、
アレックスに対して曖昧な愛情をそそぐ。
愛しているわけじゃない。
でも、
愛していないわけじゃない・・・。

アレックスは、あまりにも不確実なこの苦しみから逃れたかった。
だから、善悪の知識の実が欲しかった!!

だからこそ、ニケ(神)にもディオ(蛇)にも、
従うフリをしたのだ。
それこそが原罪なのではないだろうか??


また、物語の中で、
アレックスだけは本当の心の奥を見せず、
自分でもわからず苦しむ・・・。
おそらく、それこそが神に近づこうとする苦しみ?

そして、本当の心の奥底をのぞこうとすると、
「オレに答えを強要するな。」と反発する。

人は誰でも、
人に知られたくない部分や、
自分でも説明できないような感情を抱くことってあるのではないだろうか?
そうするとつまり、アレックス=人間ってことにつながる。



しかし、アレックスは、
善悪の知識の実が欲しいがゆえに、
従うフリをしたことによって、
神にもそむき・・・
結局、原罪から逃げ切れず・・・死す。。。








・・・・・・・。


もう、今読んでも何を書きたかったのかよくわからなーい(笑)

本当は、自分なりに、
この作品を通してオギーが何を伝えたかったのか・・・てとこまでたどり着いたのに、
文章にしてないのでココ止まり(´∀`)
頭痛くなるくらい考えた時間がもったえないなぁー(笑)

こんな意味不明な文章読んで下さりありがとーございました(´∀`)笑"


さーて、今日も忙しい1日でしたが、
明日は楽しみがいっぱ~い
今日は早寝…できたらいいな(´ω`)
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